八咫烏の話

掲載内容の無断転載は固くお断りします。
引用・転載希望の際は下記連絡先までお知らせください。

sugita@cc.utsunomiya-u.ac.jp
090‐6015‐7292




八咫烏

    日本サッカー協会の三本足のカラスのエンブレムは昭和6(1931)年に現筑波大学の前身、東京高等師範学校の美学教授、内野台嶺氏らによって伝承の八咫烏をもとに考案され、日奈子実三氏によりデザインされたようです。この仮想のカラスは、中国神話に伝わる「三足烏(サンズゥウー)」は太陽を象徴する三本足のカラスで吉兆をもたらすと考えられています。日本にも「八咫烏」という名で伝わっています。なお咫は親指と中指を広げた長さで八咫はその八倍になる大きさになるので、八咫烏は大きな鳥というイメージになります。

    『古事記』では、神武天皇が大和朝廷を建てた時、八咫烏に功績があったと記されています。神武天皇が日向(現在の宮崎県)から東に向かって戦いに出て、海回りで紀の国(現在の和歌山県熊野市)に上陸の行軍を企てたのですが、荒ぶる神の化身・大熊の毒気にあてられ、地上での行軍ができませんでした。その時、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と高木神(たかぎのかみ)がヤタガラスを道案内として遣わし、そのお陰で神武天皇は無事に吉野川にたどり着いたそうです。やがて、天武天皇の即位以来、即位式で使う装束には三本足のカラスの印が入ったものが使われるようになりました。この話で、神がキジでもハトでもなくカラスを道先案内役として遣わしたのは、カラスが賢い鳥として当時から定評があったからではないかと考えています。カラスは記憶もさることながら知恵もあるので、神武天皇の道々に起こる障害の対応にも優れていると思われたのでしょう。

    私の推察は別としても、このようにカラスは本来、神の遣いとして信仰され、日本では祀っている神社も多いのです。その本山とも言うべき存在は、和歌山県の熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社などがそうです。世界遺産熊野古道に繋がります。境内の建造物や簾などの八咫烏が描かれていたり彫られています。こうした神社では、カラス絵や独特のカラス文字が入ったお守り、ご朱印を参拝者に配っています。さて、2018年3月、カラスを研究しているなら一度はと思い那智本宮大社、那智速玉大社、那智大社を尋ねました。